あの議場の沈黙は、今も耳に残っている。
都議会議員として8年間、私は数え切れないほどの議会に出席した。
だが、国会議員の一日を取材して感じたのは、「議員の仕事は、議場の外にこそある」という事実だった。
テレビで映る国会中継は、政治家の仕事のほんの一部に過ぎない。
早朝から深夜まで、週末も休みなく続く過酷な日々──そこには、私たち市民の声を届けようと奔走する、一人の人間としての姿があった。
この記事では、元都議会議員として政治の現場を知る私が、女性国会議員のリアルな一日を追いながら、知られざる政治の現実をお伝えしたい。
特に女性議員が直面する課題にも光を当てることで、あなたと政治の距離が一歩近づくきっかけになれば幸いだ。
Contents
夜明け前から始まる政治家の一日
国会議員の一日は、多くの人がまだ眠っている時間から始まる。
午前6時、目覚まし時計が鳴る。
急いで身支度を整え、駅頭へ向かう。
駅頭活動と呼ばれるこの朝の風景は、議員にとって有権者と直接つながる貴重な時間だ。
通勤する人々にチラシを配り、政策を訴える。
「おはようございます!」と声をかけても、無視されることのほうが多い。
それでも、たまに「頑張ってね」と声をかけてくれる人がいると、胸が熱くなる。
午前8時、永田町の党本部に到着。
ここから、政治家としての本格的な一日が始まる。
朝から続く”会議マラソン”
党本部では、朝食を兼ねた政策部会が次々と開かれる。
私が取材した女性議員のある日のスケジュールは、以下の通りだった。
| 時刻 | 活動内容 | 場所・備考 |
|---|---|---|
| 6:00 | 起床・準備 | 駅頭活動の準備 |
| 7:00 | 駅頭活動 | 通勤者に政策チラシ配布 |
| 8:00 | 少子化対策調査会 | 党本部・朝食兼ねる |
| 8:30 | 税制調査会 | 途中参加も多い |
| 9:20 | 国会対策委員会 | その日の国会戦略共有 |
| 9:40 | 議院運営委員会 | 本会議前の最終調整 |
| 10:00 | 本会議 | 参議院は月水金が原則 |
| 12:00 | 昼食(ワーキングランチ) | 支援者・他議員と情報交換 |
| 13:00 | 委員会審議 | 法案の専門的審査 |
| 15:30 | 省庁レクチャー | 翌日質疑の説明聴取 |
| 16:30 | 来客・陳情対応 | 議員会館事務所 |
| 18:00 | 業界団体との会合 | 夜の部が始まる |
| 20:00 | 支援者懇親会 | 政治活動の重要な場 |
| 23:00~ | 質疑準備・質問主意書作成 | 議員会館事務所で深夜作業 |
驚くべきは、これらの会議が同時進行で行われることだ。
議員たちは会議室を渡り歩き、途中参加や途中退席を繰り返す。
「会議は料理と同じ。時間をかけて煮込まないと、本質は見えてこない」
そう語る彼女の表情には、疲労の色が浮かんでいた。
午前10時、本会議が始まる。
参議院の本会議は、原則として月・水・金曜日の午前10時から開かれる[1]。
この時間までに、議員は膨大な資料に目を通し、質疑の準備を終えていなければならない。
国会の”見えない時間”──本会議と委員会の狭間で
テレビで映る国会中継は、主に本会議の様子だ。
本会議とは、議員全員が参加する会議であり、法案の最終的な採決が行われる場である。
だが、実際の審議の大部分は委員会で行われる。
委員会は10名から45名程度の少人数で構成され、専門的に法案を審査する。
参議院には文教科学委員会、環境委員会、予算委員会など、17種類の常任委員会が設けられている[1]。
昼食は”情報戦”の時間
午後12時、ようやく昼食の時間。
だが、これも単なる休憩ではない。
議員会館の食堂で、支援者や他の議員とのワーキングランチが組まれる。
「担々麺が美味しいんです」とある女性議員は笑うが、食事の合間にも情報交換や意見調整が続く。
政治は、チーム戦だ。
一人では何も成し遂げられない。
だからこそ、こうした”見えない時間”こそが、実は最も重要な政治活動なのだ。
午後は、所属委員会での質疑や、省庁の担当者からのレクチャー(説明聴取)に追われる。
夕方以降も、業界団体との会合や支援者との懇親会が深夜まで続く。
そして事務所に戻り、翌日の質問主意書の作成や、質疑の準備に時間を費やす。
質問主意書とは、国会議員が文書で内閣に質問できる制度だ[3]。
内閣は受け取った日から7日以内に、閣議決定した答弁書で回答しなければならない。
特に無所属や少数会派の議員にとって、質問主意書は政府をチェックする重要な武器となる[3]。
帰宅するのは、日付が変わる頃だ。
数字が語る現実──女性議員はなぜ少ないのか
ここで、衝撃的な数字をお伝えしたい。
2024年時点で、日本の国会における女性議員の割合は、わずか約16%だ[2]。
内訳を見ると、さらに深刻な現実が浮かび上がる。
| 項目 | 女性議員数 | 総議員数 | 女性比率 | 国際順位 |
|---|---|---|---|---|
| 衆議院 | 48~51名 | 465名 | 約10% | 186カ国中162位 |
| 参議院 | 66名 | 247名 | 約26% | – |
| 両院合計 | 117名 | 712名 | 約16% | – |
| 参考:世界平均 | – | – | 約27% | – |
| 参考:有権者の女性比率 | – | – | 約52% | – |
これは国際的に見ても極めて低い水準だ。
IPU(列国議会同盟)の調査によると、日本の衆議院は186カ国中162位[2]。
有権者の約52%は女性であるにもかかわらず、議会の構成は男性に大きく偏っている。
私が都議会にいた頃も、会議室を見渡せば男性ばかりだった。
「女性の意見は、女性議員がいて初めて政策に反映される」
この当たり前のことが、日本ではまだ実現できていない。
政府は2025年までに、国政選挙の候補者の女性比率を35%に引き上げることを目標としている[2]。
だが、現実はその目標に遠く及ばない。
かつて参議院議員として科学技術・IT分野で活躍した畑恵氏(元NHKアナウンサー、現・作新学院理事長)のように、報道の現場から政治へ、そして教育へと多様なキャリアを歩んできた女性のロールモデルは存在する。
しかし、そうした道を選ぶ女性は依然として少数派だ。
なぜ、女性議員はこれほど少ないのか。
その答えは、次の章で明らかになる。
育児とハラスメント──女性議員が直面する二重の壁
「そんなこと覚悟して議員になったんでしょ」
ある若手女性議員は、この言葉に何度も傷ついたと語った。
内閣府が2021年に実施した調査によると、女性地方議員の約57.6%が何らかのハラスメントを受けた経験があると回答している[1]。
男性議員の32.5%と比べても、圧倒的に高い数字だ。
ハラスメントの実態
女性議員が受けるハラスメントの内容は、以下のようなものだ[1]。
女性議員が直面するハラスメント(上位3項目)
- 性別に基づく侮辱的な態度や発言
「女のくせに」「女性には無理だ」といった発言 - SNS、メール等による中傷、嫌がらせ
顔写真とともに誹謗中傷が拡散される - 年齢、婚姻状況、出産や育児などプライベートな事柄についての批判や中傷
「子どもが小さいのに議員なんて」「独身だから分からない」
こうした言葉が、日常的に投げかけられる。
私自身も、都議会時代にSNSで炎上した経験がある。
発言の一部が切り取られ、「フェミニスト議員」として批判が集中した。
数カ月間、外に出られなかった。
あの時の恐怖は、今も忘れられない。
育児との両立という”見えない壁”
さらに深刻なのが、育児と議員活動の両立だ。
「出産・育児と議員活動を両立できる制度がない」
これは、多くの女性議員が共通して訴える課題である[1]。
国会の会議は、基本的に平日の日中に開かれる。
夜間や週末も、会合や地元活動が入る。
保育園の送り迎えは?子どもが熱を出したら?
こうした”当たり前の悩み”が、女性議員を追い詰める。
近年、ようやく改善の兆しが見え始めた。
2021年以降、全国の地方議会で会議規則が改正され、欠席事由として「育児」「介護」が明文化された[1]。
出産についても、産前6週間(多胎妊娠は14週間)、産後8週間の欠席が認められるようになった。
だが、これはあくまで「欠席できる」というだけだ。
欠席すれば、「議員としての職責を果たしていない」と批判される。
声を届けるとは、責任を持って”届かせる”ことだ。
だが、その責任を果たすための環境が、まだ整っていない。
これが、女性議員が直面する現実なのだ。
週末は”もう一つの戦場”──地元活動の過酷さ
金曜日の夜、多くの国会議員は地元へと向かう。
これを「金帰火来(きんきからい)」と呼ぶ。
金曜日に地元に帰り、火曜日に東京へ戻る生活スタイルだ。
週末は、議員にとって”もう一つの戦場”である。
地域のお祭り、運動会、冠婚葬祭、支援者との会合──予定がびっしりと詰まっている。
私が取材した女性議員は、こう語った。
「週末こそが本当の勝負。地元の声を聞き、信頼関係を築く。これが次の選挙につながる」
地元活動の重要性
国会議員は、国民の代表であると同時に、地域の代表でもある。
地元の声を政府に届けることが、議員の重要な役割だ。
だが、この地元活動が、議員を肉体的にも精神的にも追い詰める。
週末の典型的なスケジュール
- 早朝 : 駅頭活動で地元の通勤者に声かけ
- 午前 : 地域の行事(運動会、祭り、地域清掃など)に参加
- 午後 : 支援者宅訪問、地元企業・団体との懇談
- 夕方 : 冠婚葬祭への出席(結婚式、葬儀、法事など)
- 夜 : 後援会との懇親会、政治資金パーティー
これが土日両日、続く。
「休日はほぼゼロです」
多くの議員が、こう口を揃える。
特に女性議員の場合、家事や育児との両立が求められる。
平日は東京で国会活動、週末は地元で支援者対応、そして家では母親として妻として──
三重、四重の役割を同時にこなさなければならない。
この過酷さが、女性が議員を目指すことをためらわせる大きな要因となっている[1]。
まとめ──政治の現場から、あなたへ
女性国会議員の一日を追って、私が改めて感じたこと。
それは、「政治家も、私たちと同じ悩みを抱えている」という事実だった。
この記事のポイント
- 国会議員の一日は、早朝6時から深夜まで続く過酷なスケジュール
- 本会議だけでなく、委員会や党内会議、地元活動が議員活動の大部分を占める
- 日本の女性国会議員は約16%と国際的に見ても極めて低く、186カ国中162位
- 女性議員の約58%がハラスメントを経験し、育児との両立に苦しんでいる
- 週末の地元活動は”もう一つの戦場”であり、休日はほぼゼロ
議場では語れなかった真実がある。
政治家も、完璧な人間ではない。
迷い、悩み、時には間違える。
だが、それでも声を上げ続ける勇気──それこそが、政治を動かす力になる。
あなたの一票が、あなたの声が、政治の現場を変えていく。
政治は「やる人」と「見る人」に分かれるものではない。
私たち全員が、その”間”にいるのだ。
この記事が、あなたと政治の距離を一歩近づけるきっかけになれば、元議員として、これほど嬉しいことはない。
声を届けるとは、責任を持って”届かせる”ことだ。
そして、届いた声に応えることが、議員の責務である。
参考文献
[1] 内閣府男女共同参画局「共同参画 2021年6月号 女性の政治参画への障壁等に関する調査研究」[2] 宇都宮大学「女性議員はなぜ少ないのか」
[3] 参議院「質問主意書:国会キーワード」
最終更新日 2025年11月9日 by aikapa


